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にらみつける [課題]

自分では気づいていない自分の姿。

にらみつける、好戦的、口角があがる意地悪な姿(家内が話してくれました)

時折、イライラしたり、家内に怒ったりすることは意識しています。しかし、外でそのような姿をしているとは、中々認めたくはなかった姿ですが事実のようです。

意識している自分のプラスの姿は、穏やか、面倒見がよい、まぁ親切、どちらかというとニコヤカ、
マイナスのイメージは、臆病、心配性、たよりない・・・。

でも、にらみつける・・・などの姿は明らかにマイナスに思われ、がっかりです。

なぜなら、怖い雰囲気のこわもての人がちょっと優しい一面を見せると、周囲はその人を「根は優しい人なんだ」と好意的にみることが多いように思います。

逆に私の場合は、根は怒り、威圧的、意地悪という感じになってしまいます。(自分の一日を振り返ってもそんな状態は、ちょっとか、無いです)。割りにあわないという感じです。

先日のリスニングセミナーインナーチャイルドのワークでも、次のような子供時代の自分の姿がでてきました。それは・・・

喘息などで呼吸ができず、死の恐怖におびえ、母親に見捨てられるのが不安という姿。

もう、一方が、母親の言いつけをイヤイヤながらも守ろうとしている暴れん坊な子供の姿(「分かったよ、ちゃんとやるよ、うるせーんだよ!」)

この暴れん坊な子供はすっかり、姿を消して、ジェントルになって良かったと思っていたのですが・・・。もし、病弱でなかったら自分は暴れん坊に成長していったかも知れないと思ったことがありました。

しかし、生き延びるために周囲や、友達に受け入れてもらうために、自分の命を守るために、周囲の期待に反する行動を控え、良く思われるだろうという言動を無意識にしていたのかも知れません。(もし、そうなら健気です)

この弱い自分を克服する為に、また、暴れん坊なエネルギー発散のために、無意識のうちに、スポーツに励み、武道をやったり、身体のエネルギーを発散していたように思います。

わきあいあいの職場や、生まれ育った家庭など安心の場では、結構、暴れん坊的な感情も、少し、少しは出して発散していたように思います。

結婚し、中間管理職になったりし、いつの間にか、そんな本来の自分はなりを潜めていってしまったようです。それが、成長かと思っていたのですが、いつの間にか、自分から「らしさ」の一部を失っていったようにも思えます。

こんなこと書いているとワーッ、と気合一発、思いっきり声を出し、身体を動かしてみたい気がしてきます。人生は冒険、探険だと感じていた20歳台の頃が思い出されます。

これが抑圧なのかなぁ~とも思ってしまいます。

身体のことに人一倍気を使う自分に父の姿をや父の父(祖父)を思い出します。

にらみつける、暴れたいという姿に母の姿や、母の父(祖父)を思い出します。

怒りのエネルギーを抑え、身体を痛めつけて、それを心配して、さらに身体を痛めつけるようでは悪循環を形成してしまいそうです。

なんと、改めて思うに、ここに両親の合作の自分あり。それも、似ないようにと思っていた部分ばかりが似てきたようにも思います。

上手く、これらの身体や感情のエネルギーを発散したいと思うこのごろです。

それが、自分らしいということにつながるのかしら・・・


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