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忘れな草 ~寅さん~ [課題]

1973年公開した「男はつらいよ」11作目。マドンナは浅岡ルリ子。

一億総中流というような事を言われ始めた時代ではなかったでしょうか。まだまだ時代の熱気を感じるようなときだったのでは。

私の場合、この映画を味わうポイントは・・・
マドンナ 全国を旅するドサまわりの歌手リリーの境涯に没入してゆくことが最初にありました。
子供の頃から親元を離れ、根無し草のような、普通には耐えられないような状態。好きな歌を灯りにプロになるが、歌う場所はキャバレーで、歌を聞きにきたお客ではない。たった一つの心のより所である歌でさえ・・・。泊まる宿は安宿、夜汽車での一人旅。
後半、寅さんが訪ねたアパートはとてもとても荒れ、寂しい生活を映し出していたよう。
きっと、どの程度、リリーの心情に共感が深まるかによって、今度は、寅さんの心が広く、深く、思いやりに満ちているかが感じられるように思います。

寅さんが内省したりするシーンは、江戸川を眺めたり、海を見つめたりするシーンだと思います。川の流れに自分の心を映しているんでしょうね。

このシリーズを見て、時折思うのがヨーロッパ映画を思わせるシーンと音楽がある所です。
今回は、北海道の自然の中を一人歩く寅さんの映像に山田監督はどんな思いをこめたのかなぁと聞いて見たくなります。

北海道・・・厳しい開拓の生活
どこまで行っても地平線。とても厳しい生活ではありながら、都会生活にはない、元来人間が備えていた、大きな、広い心をこの映画の中で象徴しているように感じました。

寅さんが、リリーを受け止め切れないと思ってなのか、再度の旅たちの場面。上野駅構内のお店の中と思われるところの、妹さくらとのシーン。
兄(寅さん)の心情を、すべて分かってあげているような、さくらが、ほんの少し涙ぐむシーン。
このシーンがあって、寅さんの心情が私にもさらに伝わってくるようでした。

鈴木先生の仰る、Beingの目で見てゆくと、当時の日本は、Doingをよくすることで一杯で、中流といっても、Doingの中流で、大事なものを忘れていってはしないですかとも、映画を通して伝わってくるようでした。

どんなボールでも受け取る、さくらの倍賞千恵子がいて、大投手渥美清が引き立ち、名優がマドンナで出演し、脚本・監督の山田監督が作り上げる。

NPOコミュニオンのベルセミナーなどに出席するようになって、映画も今までとは違った、自分の深い所、人間としての優しさを持つような角度でみることが出来るようになってきたようで嬉しいですね♪


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